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弟橘媛伝説と観音崎周辺を歩く中止といたします。

次回は10月20日下記のコースを予定

      中秋の葉山路を散策

 日 時 2021年10月 20日(水)10時〜

 集 合 逗子駅 (JR) 

 コース JR逗子駅〜バス〜風早橋→葉山図

  書館→旧東伏見宮邸向原庚申塔→平松

  地蔵→アジサイ公園→光徳寺→森戸神社

 (昼食)→葉山マリーナ→鐙摺山→葉山港

  〜バス〜京急逗子葉山駅orJR逗子駅

 会 費 500円(資料、保険料) 

    交通費は別途 お弁当は各自持参

 今月は別荘地として開けてきた葉山、御用邸などもあり、高級別荘地として今でも上品な雰囲気を残す葉山ですが、ちょっと横道に入ると、素朴な地蔵堂や庚申塔などが点在し、素朴な雰囲気を見せる場所が数多く見られます。

旧東伏見宮邸(現イエズス孝女会修道院)種別 国登録有形文化財(建造物)登録年月日 平成29年5月2日 構造 木造2階建、銅板葺、建築面積280平方メートル、塔屋付時代 大正3年竣工/昭和51年・昭和62年改修。     葉山、鎌倉、大磯など湘南一帯に皇族別荘が多数設けられましたが、関東大震災以前の皇族別荘で今日現存するのは東伏見宮葉山別邸のみとなっています。

 向原庚申塔 

安永3年(1774)唐破風笠付角柱 日日・青面金剛像(合掌・六臂)・邪鬼・三猿 /右奥右側面「安永3甲午年」台 石 9人の名    延宝8年(1680)4月 板駒型 日月・「奉造立庚申成就処」三猿/左奥 正面右側「延宝八年」 〃左側「4月申日」

 平松地蔵尊              明治のはじめに朽ち果てたので、その根の一部でられた地蔵様です。平松の地にも、同じ根で造られたこれよりは小ぶりな地蔵尊が祀れています。

 あじさい公園             色とりどりの紫陽花がやさしく迎えてくれます。 3,000株の紫陽花は「かながわ花の名所100選」にも選ばれています。

 徳寺の観音堂

毎日聞こえる鐘の音は蘆花の「自然と人生」にも登場しています。境内にある観音堂には、2,3か月毎に発刊されている寺新聞?『おてらでは』が置かれており、住職も面白おかしく書かれております。味の素創業の鈴木家の菩提寺であろうか、立派な区画のある墓もあります。

日影茶屋

創業三百余年、日本料理の伝統的老舗。1916年アナキスト(無政府主義者)大杉栄が新聞記者・神近市子に嫉妬され首を刺され重傷を負う事件が起きた。

葉山にはこのほかにも見るべきものが沢山あります。紙面の都合で一部掲載になりましたが、実際に目で見、手で触って葉山を感じて頂きたいと思います。

旧東伏見宮邸(現イエズス孝女会修道院)アジサイ公園より
旧東伏見宮邸(現イエズス孝女修道院)
向原庚申塔
平松地蔵(向原)
あじさい公園 平松地蔵(平松)
徳寺の観音堂
日影茶屋

令和3年(2021年)

5月19日(水)

横須賀軍港巡りと付近散策

非常事態宣言の発令や船が欠航の場合には急遽中止になる場合があります

 日 時 2021年 5月 19日(水)10時〜

 集 合 横須賀駅 (JR) 

 コース JR横須賀駅〜ヴェルニー記念館〜

   ヴェルニー公園〜港巡り〜どぶ板通

   り〜三笠公園〜龍本寺〜中央公園〜

          (京急横須賀中央駅)

 会 費 500円(資料、保険料) 

     お弁当は各自持参

  別に乗船料 1440円がかかります。

 申込先 逗子ボランタリーガイド倶楽部

 E−mail: voluntary@zushi-guide.jp

 

 今回は横須賀の軍港巡りと周辺の散策を行います。多少お金がかかりますが、一度は船で横須賀港から長浦港の軍港を海から見学するのも良い経験になると思います。

 横須賀: 東京湾の入り口にあり、江戸時代から国防の拠点とされ、大東亜戦争敗戦までは大日本帝国海軍横須賀鎮守府を擁する軍港都市として栄えました。現在もアメリカ海軍第7艦隊横須賀海軍施設及び海上自衛隊自衛艦隊・横須賀地方隊及び陸上自衛隊武山駐屯地・久里浜駐屯地などの基地が置かれています。また、自衛隊関係の教育機関(防衛大学校、海上及び陸上自衛隊の各種教育関連施設) も置かれています。

横須賀軍港の発祥と横須賀製鉄所:

吾妻鏡によれば、 鎌倉時代の横須賀は花の名所であったようで、 江戸時代には徳川幕府直轄の天領でありました。幕末、安政元年(1854)ぺリ一再来等により開国した幕府は、洋式による海岸防備が急務となり、文久2(1862)年、勘定奉行小栗上野介の決断によって、元治元年(1864)本格的な造船・修理所を建設することとなりました。

横須賀村の三賀保・白仙・内浦の三湾を埋め立て造船所の建設が決定しました。造船所建設の技術的な役割は当時中国にいた海軍技師ヴェルニーに任せられ、その指導の下に本格的造成工事が進められました。 技術者確保と機械類購入のためヴェル二一がフランスに帰国中、幕府は「鉄を加工する場所」 ということで横須賀製鉄所の名称とし、慶応元年(1865)11月15日くわ入れ式を行いました。 建設途中の慶応3(1867)年、徳川幕府が瓦解し、明治政府となりましたが、横須賀製鉄所の建設は新政府に引き継がれ完成しました。 明治4(1871)年に1号ドックが完成し、名称も横須賀造船所にかわりました。

今は米軍と自衛隊の戦艦で賑わう横須賀の軍港巡りでは、運が良ければ珍しい戦艦を見ることができます。

横須賀軍港を望む ヴェルニー公園
龍本時 三笠園と戦艦三笠
日蓮の洞窟
中央公園